<こたえ合わせ25>国際文通

先月、不意にアメリカからメッセージが届いた。

高校から大学にかけて文通を交わしていた友人からSNSを通じて連絡があったのだ。かつて紙の手紙に書いてあった彼の手書きの名前が、今はスマートフォンの無機質なフォントとして読める。奇妙な違和感を覚えずにはいられなかった。しかしその違和感が忘れていた記憶を揺り起こす契機となった。かつて自分の日常の中に確かに存在していた国際文通の習慣を掘り起こし始めた。
1980年代、地方の高校生にとって「世界」はあまりにも遠い場所だった。テレビの『すばらしい世界旅行』や『シルクロード』の映像は十分すぎるほどの刺激だったが、現実味には欠けていた。私の周囲にパスポートを持つ者など一人もおらず、外国とはアニメの世界と同じくらい、手の届かないフィクションに思えた。

そんな折、ソ連に傾倒していた親友の影響で、私は国際文通を始めた。名前と住所を登録すれば、見知らぬ国の誰かと繋がることができる。基本は英語だが、時折、日本語を学ぶアジアの学生とも縁が生まれた。私は手当たり次第に、同世代の若者から年配者まで、見知らぬ誰かへ向けて手紙を書きまくった。中国上海、独立したばかりのウクライナ、ミャンマー、スウェーデン。そして、アメリカ。幾人かのペンパルとは、細く長い糸で結ばれることになった。

当時の自分には、語るべき政治信条も、社会への問題意識もなかった。自己紹介といえば、団体が用意したテンプレートをなぞるのが精一杯。部活のテニスや、始めたばかりのギター、絵画、あるいは手話のこと。事実をただ列挙するだけの、稚拙な文章だったに違いない。


だが、それで十分だった。数ヶ月に一度、往復する手紙には、即時性などひとかけらもなかった。そこにあったのは、お互いの家族構成やささやかな悩み、あるいは個人的な愚痴。しかし、その「半径五メートルの真実」こそが、自分の世界観を塗り替えていった。異世界だと思っていた場所に住む人々も、同じように悩み、同じように壁にぶつかっている。海外という場所が、憧れの対象から、生身の人間が息づく「現実」へと、ぐっと引き寄せられた。


記憶の中で、ひときわ蘇るものがある。「エアログラム」だ。当時、九十円で買える青い専用紙。三つ折りにすれば、それが中国であれヨーロッパであれ、世界の果てまで届いた。インターネットのない世界、それは画期的なことであった。エアログラムの中に紙片を同封することは許されず、B5ほどのスペースを埋め尽くすように、小さな文字をぎっしりと書き込んだ。反対に、海外からは美しい切手の貼られた封書が届いた。それらを捨てることができず、今も大切に手元に残している。


今、振り返れば、あのやりとりほど非効率なものはない。AIが情報の欠片を整然と並べてくれる現代において、わざわざ個人と不確かなやりとりをする必要などどこにもない。手紙という、あまりにもレスポンスの遅い手段は、コミュニケーションのコストという物差しで測れば、あまりに燃費が悪すぎる。一度この「効率的な世界」の味を知ってしまえば、もうあの頃には戻れないだろう。

しかし、不便さ、情報の欠落、限られた手段の中で絞り出した言葉。それらは、ある種の「不便益」だったのだと思う。あの環境、あのアナログなエコシステムの中では、あれが最適解だったのだ。将来が見通せない現代、「効率」や「利便性」という基準だけで物事を判断することは、かえって大切な何かを見失うことにはならないか。今年のゴールデンウィークに東北6県を重いスーツケースを引きづりながらパズルの興行をしているときにふとそんなことを思った。

〇死ぬまでにやる100リストNo.321「100の人生の答合わせをする」進捗25/100

<死ぬまでにやる100リスト>https://goo.gl/iPz2BH
<こたえ合わせ>https://forgetist.com/?cat=574

#伏線回収
#人生のこたえ合わせ
#人生の中締め

タイトルとURLをコピーしました