<伏線回収6>20年越しのワイン、終わらない旅

シドニーで暮らしていたころ、自宅から2時間足らずのハンターバレーには、折に触れて足を運んだ。目的はワインだった。だから、車ではなくバスツアーで行くことが多かった。自由と引き換えに、飲む権利を手に入れる。それが当時のスタイルだった。
惹かれたのはワインだけではなかった。ブドウ畑の向こうに広がるカフェのテラス。広々とした芝の上を風が撫でるゴルフ場。そうした風景の中で私たちは日々の喧騒から少しだけ距離を取ることができた。
Tyrrell’s、Scarborough、Oakvale……名だたる老舗は一通り巡った。しかし、私たち夫婦が心惹かれたのは、Broke Road沿いにひっそりと佇む小さなブティックワイナリーたちだった。中でも、Lake’s Folly、そのカベルネとシラーズのブレンドは、他のどのワインとも異なる魅力を持っていた。
その日も、Lake’s Follyを訪れた帰りだった。ワインとチーズを片手に、テラスの風に身をまかせていた。1歳の長男が、私たちのグラスをじっと見ていた。何かを感じ取るような、そんなまなざしだった。
「君にはまだ、20年早いよ」
そう言って、私は1本のワインを買った。
「20年後、一緒にこれを飲もう」
約束というには無思慮で、願いというには曖昧だった。そのときの私にとって「20年後」なんてものは、はるか遠くの話だった。現実感などまるでなかった。むしろ、ボトルが割れてしまったり、失くしてしまったり、あるいは何かの拍子に飲んでしまったり、、、そんな想像のほうがよっぽどリアルだった。
20年のあいだに、私たちはいくつもの街を移った。湿気に悩まされた川崎・東京。凍てつく冬と灼熱の夏が交差する北京。このワインにとっては、なかなか過酷な旅だったと思う。
それはワインだけではなかった。長男もまた、旅をしていた。親の都合で移りゆく環境の中で、彼は何度もゼロから世界を始めた。日本の公立小学校から北京日本人学校小学部、中国政府運営の中学校を経て日本の公立中学。折れず、腐らず、歩いてくれた。ただただ、感謝しかなかった。
そして20年が過ぎた。
渋谷のオーストラリアレストラン、「アロッサ渋谷」。カンガルー肉とオージービーフ、懐かしの味をテーブルに並べて、私たちは成人の祝いをした。その中央に、あの1本のワイン。ハンターバレーから共に旅してきたワイン。グラスに注がれたその味が、20年前と同じかどうかはわからない。一つ言えることは、私たちの20年の味がした。人生で飲んだワインの中で、一番うまかった。
さて。5年後、次男の成人が控えている。その日抜栓するのは、Penfolds Grange 2004。王道にして極上の一本。私のワイン人生の集大成とも言える一本だ。
もうすでに、その日が待ち遠しい。我が家の旅は、まだ終わらない。

●死ぬまでにやる100リストNo.321「100本の人生の伏線を回収する」6本目

<死ぬまでにやる100リスト>https://goo.gl/iPz2BH
<自分年表>https://docs.google.com/spreadsheets/d/e/2PACX-1vSdChHgU_KyZr9IA_3jLTBo1VtFtJN8gf3WwyaT4N6XcJFubYmqdZ9h4xFVZS9wx288OYRMI822zBiK/pubhtml?gid=926937128&single=true
<伏線回収>https://forgetist.com/?cat=574

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